運転中死について考えていたら涙してしまった。

アメリカ葬式

先日お客様のお宅に車で運転している途中あることに
思いを馳せておりました。

それは「師」や「士」と「屋」についてです。
すみません。「死」についての話ではありません。

税理士さんとお話する機会がありましてね、
税理屋となんとなく置き換えてみたのですよ。

そうしたら次々と変換作業をやってみたくなりました。

弁護士は弁護屋。屋をつけたとたんに何か喧嘩の仲裁
専門のような低級な響きに変わるのです。

消防士も消防屋とするとなんか体を張って市民の命を
守る尊い仕事が火消しをしたくてたまらない人のように
思えてきます。消すものがなければ自分で放火してでも
消したいみたいなアグレッシブさも感じ取れます。
不謹慎ですみません。

保育士なんかはもう保育屋になってしまってそもそも
何を育てているんだと。モンスターでも育てているのか?
そんなことを考えているともう笑いがこらえられず
車の中で大爆笑してしまい涙がちょちょぎれてしまった
次第です。

対向車の人を驚かせないように右手で顔面を隠しながら
大笑いして涙していました。

こんなに心から笑ったことは最近ありませんでした。
しについて考えてみるものです。

気象予報士が気象予報屋となるともうギャンブル臭がぷんぷん
匂ってきますよね。

薬剤師を薬剤屋に買えるといきなり非合法的です。

こうやって考えて見ますとお堅い仕事であればあるほど、
屋に換えると面白くなるようです。

建築士を建築屋に換えてもさほど面白みはありません。

反対に屋のついているものを士や師に換えるのも面白いです。

床屋を床師にかえるとものすごくいやらしくなります。
人前で「今日床師にいってくるわ」なんて絶対いえません。

昭和の女の子の将来の夢で大人気だったケーキ屋さんは
ケーキ師となりうっかり選べないような気合の入った
職業に早変わりです。
「あんたはケーキ師なんかには絶対なれないからケーキ屋に
しときなさい!」とかお母さんに叱られそうです。

10年前のベストセラーでさおだけ屋はなぜ潰れないのか

というのがありましたけど。さおだけ師にするとやはり
狂気じみた何かを感じてしまいます。

とにかくランディーはこの作業を大変面白く感じたのですが
知り合いに話したところ皆がポカーンとした顔をされていました。
あなたも今ポカーンとされているのでしょうか。

こうやって活字にしてみると全く面白くないことは
私自身が今ひしひしと感じております。

こうやってあなたの命の次に大切な時間を奪い去ってしまったのでは
ないかと危惧しております。

大変申し訳ないエントリーでした。ごめんなさい。

最後に死について本当にちょっとだけ考えてみる

私キッズなんかの笑顔を見ておりますと、この子は何にも知らないけれど
いつか死ぬのだと自分の死は棚に上げておいて悲しくなることがあります。

両親は健在なのですが、きっと私より先に死ぬことでしょう。
ここで世の中で人間にとって一番簡単なことはなんだろうかと考えて見ます。

呼吸をすることでしょうか?いえ、生まれながらに呼吸器に疾患がある場合は
息をすることもままなりません。

なんらかの障碍を持って生まれた方にとっては健常者がいとも簡単にする行為が
大変困難なものであります。

おわかりでしょうが、どんな人間でも例外なく100%できることは死ぬことです。
国語のテストで「絶対に」という選択肢があれば、世の中には例外があるので
絶対はないので答えにはならないというのがあります。

この世は例外で溢れていますが、あの世に行くことには例外はありません。
先ほど上げた呼吸することはできる人には何の意識もせず簡単にできてしまいます。

つまり大多数ができることは楽ちんであるという法則です。
ですから死への恐怖はまったく楽なことではありませんが死自体は
苦もなくできるのではないかと思っています。

この楽ちん法則の唯一の例外が死であったら超こまるんですけど!

まだ他に例外あるよ!という方は是非コメント下さいませ。

今日も一日能天気、ランディーでした。


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ランディーのプロフィール

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アラウンドフォーティーな自由人。 バツイチ子無し独身、一人暮らし。 子供は好きだがこれから育てようとは 思わない。よって再婚はない。 残りの人生をダンディーに楽しむのみ! 趣味はテニス、ピアノ、エレキベース。 いずれもど下手なので愉しみがいがある。

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